一休さん

- 室町時代の大スター -

 日本のお坊さんの中で、一休さんほど名前が知られている方はいないでしょう。マンガの一休さんは愛くるしく、いたずら好きなとんちの一休さんですが、そのとんちは風刺に満ち、時として笑いではすまされないほど鋭いものです。
  たとえば、檀家よりいただいたおはぎを、師匠から盗み食いをしないようくぎをさされていたにもかかわらず、一休さんは仲間とたらふく食ったあげく、仏様の口におはぎを塗っておいたのです。見つけられた師匠には仏様が食べたと言い張り、仏様を鍋に入れて煮てしまうというとんちがあります。鍋に入れられた仏様は、くたくたと煮えたぎり、一休さんは師匠に「食った、食ったといっているでしょう。」と言い張る始末です。
  おおげさですが師匠という権力に対して、仏像を煮てまで対等に渡り合う一休さんは、権力にあえぐ庶民に支持され、今日まで語りつがれてきました。これらのとんちの一休は、後代の創作とされていますが、意外と真の一休さんの姿を伝えているのではないでしょうか。
  子供時代はともかく、実際に一休ほど、権力や格式などの、人間がつくった偶像を嫌った僧侶はいないのではないでしょうか。困窮にあえぐ民衆をよそに、権力や格式の追求に明け暮れる幕府や大寺院に対して、体を張って抗議する一休なのであります。
  また一休は、民衆に真の仏教を理解させるために、あらゆる手段を用いて教化につとめました。

  門松は 冥土の旅への一里塚 めでたくもあり めでたくもなし

  ある年の正月のことです。一休さんは墓に行き、どくろを拾って竹の先にくくりつけ、家々の門口でどくろを見せては「このとおり、このとおり、ご用心、ご用心」とふれ廻ったそうです。
  ある家人の「おめでたい正月になぜこのような不吉なことをなさるのですか」との問いに、一休はしゃれこうべを見せながら「人間はいつまでも目がでてるわけではない。いずれは皆このようになるのです」と答えたそうです。その家人は導師一休の姿に感動し、自分の愚問を詫びたそうです。
  こうした一休さんの行動は、当時の民衆の話題となり、一休の一挙手一投足が注目を集めるところとなりました。室町時代において、一休さんは今でいうスターのような存在だったのです。

心光寺 宗川 太洋

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